BACK  空港のレストラン   (全文)NEXT ダブリンのタクシー

 彼女はト−ストと食パンをパン立てに置き、「これは、いろいろのものを詰めてスモ−クしたもので私のオリジナルソ−セ−ジなのよ」とニッコリ笑った。紅茶をカップに注ぎ、レモンを絞り彼女自慢の「スモ−クトソ−セ−ジ」を食べた。「アンキモ」のような味がする。僕の顔を見ていた彼女に「珍味でおいしいです」と言うと、「ありがとう」と言って奥に戻って行った。B&Bの女将達は客の食事の進行状況をよく把握している。適切な間合いを取り戻って来る。そして、「なにか用はありませんか」と尋ねてくる。食事半ばで、再び彼女が入ってきた。「今日は、どちらに行くのですか」と彼女、「オコンネル通りのデパ−トからハ−フペニ−橋を渡り、皮ジャンパ−を買いに行きます」と僕、まるでダブリンの街を知っているかのように答えた。その時、カップルが食事のため降りて来た。僕は、彼らと軽い挨拶を交わした。そして、アンナは彼らを僕の隣の席に案内し「要望」を聞いて奥に戻って行った。30歳位の彼らは質素な服装で静かに話し始めた。彼らに挨拶をして部屋を出た。丁度食事を運んで来る彼女と出会った。10時に出発する旨を伝え部屋に戻った。
 
お腹満腹で少々苦しい。すぐに、ベッドに横になった。「明日以降どこに行くのかそろそろ決めなくては・・・・・」と、明日以降の事が脳裏に浮かんできた。「日本を出発する時はダブリンに3日間、残りの5日間はそれ以降に決めればよい」と考えていた。ダブリンは静かでやさしい街だ。でも、明日はここを出る決意は変わらない。8時前カ−テンを開け外を見た。今日は月曜日、早朝から車が多い。歩道を通勤や通学の姿が見える。夜明けに雨が降ったらしく道がぬれている。空はどんよりと曇が低く流れている、今日は傘がいるようだ。1階に下りると誰もいない。応接間のテ−ブルの上に新聞がきちんと置かれている。レトロのソファーに座った。新聞を読んでいると「おはよう」と、後ろから明るいアン夫人の声がした。「おはよう」と言うと、彼女は「食事の用意はすぐ出来ます、お食べになりますか」と、目をクリッとさせて僕を見た。「レモンと紅茶をお願いします」と言った。彼女は口元をキュッと横にしてニコリとした。僕は彼女の後について食事室に入った。左手にピアノが置いてある。中央に2人用のテ−ブルと4人用が数卓ある。二卓(二人用)にナプキン、スプーンの用意がされている。他にもう一組の泊まり客がいるようだ。

 東側の壁いっぱいの大きなガラス窓があり、裏庭の芝生が見えている。ピアノの前を通った時、彼女は振り返って「ピアノを弾いてみませんか」と聞いてくれた。「家にはピアノはあるんですが一度も弾いたことがないのです」と言うと、不思議そうな顔をして「ピアノがあるのにどうして弾かないの」と聞き返してきた。「ピアノは眠ったままなんです。娘達が小学生の時買ったんですが・・・・・」と言うと、彼女は「私の子供達はみんな上手なのよ特に男の子が・・・」と嬉しそうに僕の顔を見た。さらに、ピアノの上の額を指して、「私の主人と子供達です」と説明した。写真は少々古いものだと思える彼女は若くて綺麗だ。主人はゴルバチョフに似ている(顔の感じが)。「娘さん達は学生さんですか」と聞くと、彼女は「姉は、大学生で次女は高校生、下は中学生です、姉はよく家事を手伝ってくれるんです。彼女の授業は甘いものではないのに、私はとても彼女に感謝しているんですよ」と真剣な顔で答えた。彼女はテ−ブルに案内してから部屋から出ていった。すぐに紅茶セットとソ−セ−ジ、目玉焼きなどを大きなお皿に入れて持って来た。クラ−ク夫人のB&Bと量も品数もほぼ同じである。彼女はト−ストする数と「フレ−ク」について尋ねてきた。「フレ−ク」は「苦い経験」をしていたので、心の準備は出来ていた。ト−スト2枚お願いしてフレ−クを断った。二日目でやっとB&Bの朝食がわかった。

 出発前にわざわざ取り寄せた、アイルランド政府観光庁発行の資料もほとんど読んでいない。「風の向くまま行けば、何とかなる」と、僕のような「無知の旅行者」は多くはいないだろう。B&Bの代表的な朝食で、右側の中央の大皿に目玉焼きが2個、ハム、ソーセージ、ベーコンが乗っている。パン(トースト)、飲み物には牛乳、ジュース、ヨーグルト。食後にはデサートや紅茶、コーヒーが出る。昨日のクラークさんの朝食にはなかったものが一つある。それは、厚さ5mm直径4cm程の黒褐色のソ−セ−ジの様な物が一切れ置かれていた。彼女はト−ストと食パンをパン立てに置き、「これは、いろいろのものを詰めスモ−クしたもので、私のオリジナルソ−セ−ジなのよ」とニッコリ笑った。紅茶をカップに注ぎ、レモンを絞り彼女自慢の「スモ−クトソ−セ−ジ」を食べた。「アンキモ」のような味がする。僕の顔を見ていた彼女に、「珍味でおいしいです」と言うと、「ありがとう」と言って奥に戻って行った。10時過ぎ、ポシェットと小さいかばんを持ち応接室に入った。ガイドブックを見ていたらアン夫人が部屋に入ってきた。彼女は必要な用事をすませたのか、ゆったりとした表情で僕の横のソファ−に座った。
 

 「明日の朝食は何時がよろしいですか」と僕の顔を見た。ウエ−ブのかかった栗色の髪は彼女の美しさを増している。「明日は早起きしてジョッギングで「あの城跡の公園」に行きます。「9時でお願いします」と言うと、目を「クリッ」とさせて、「ジョッギング」にはおどろいた顔をした。「アンナさん、昨日レストランとバスの中で入れ墨をした男を見かけたが、彼らはヤクザですか」と尋ねた。「いいえ、彼らはヤクザではない、単なるアクセサリ−なのです。最近は多くの若者が入れ墨をしています。寂しいですね」と、彼女の残念そうな表情が印象的である。彼女に「今夜がダブリンの最後の夜になると思います。だから、夜はいいレストランで食事をしようと思っています。9時半頃までに戻るつもりです」と言った。「最後」と言う言葉にセンチメンタルな気持ちになった。「最後」には、「もう、彼女と話せない」との意味があった。「明日以降はどちらに行くのですか」と、少々心配そうに聞いてくれた。「実は、未だ決めてないのです」と言った。レイデイ−・グレゴリ−やハ−ンのことなど、アイルランドに来た経緯を話した。そして、最後に「どこの町でもいいんです。静かならば」と言った。彼女は話を聞き終えると、目を輝かせて「それなら、是非ゴ−ルウェイをお勧めするわ。私はその街が大好きなんです。明るい町で、それにレイデイ−・グレゴリ−と関係の深いのよ。明日までに、列車の発車時刻を調べて置くわ」とニコッと笑った。

 彼女にお礼を言ってバスに乗ることにした。晴れてはいないが、雨は止んでいた。彼女は今日もバスの発車時刻を調べてくれた。
予定通り緑色のダブルデッカーが来た。料金を払い1階の真ん中に座った。このスウォ−ドの小さい町でも、月曜日なので「働いている」と言う感じがする。今日は車の数も多少多い。しかし、黒煙(排気ガス)の大型トラック、騒音の単車は一台もお目にかからない。最も嫌いなものがこの国にはない。タイのようなポンコツ車は走っていない。多くは1300cc〜1500cc位の小型車で、ベンツのような高級車は少ない。日本車が多いのに驚いた。道路が、日本と同様に左側通行の為か右ハンドルが多い。交通量が少ないからといって、飛ばしている車はない。バスは40分程で空港経由でオコンネル通り裏手の終着駅に着いた。下アベイ通りに出ることにした。石畳みの歩道と4〜5階のビルが、仲良く肩を並べ建っている。オコンネル通りに近づくと、賑やかなショッピング街に変わる。お店にはカジュアル的な服や靴、バッグのお店が多い。1階の広いショ−ウィンド−には、彼ら自慢の商品が飾られていている。すぐにオコンネル通りに出た。左手にオコンネルさん、前に中央郵便局が見えている。